未来巨匠との対話

昼に、我が最寄り駅である戸田駅で元弟子である未来の巨匠と待ち合わせ。

 

「新宿で汝の埼京線に乗ったか知らせなさい」

 

と送ったメッセージは

 

「自分専用の埼京線車両を持てるぐらいの巨匠になって欲しい」

 

というわたしの強い願いをこめた高尚な言葉遊びであって、決して誤変換ではなかったことをここに宣言しておく。


快速に乗ってやってきた元教え子である未来巨匠を戸田公園でクルマに押し込み、師は問うた。

 

「汝、食べたいものを申してみよ」

 

未来巨匠は言った。

 

「師よ、わたしは贅沢は一切申しません。なんでも良いのです。ただ、たっぷり食べられればそれで良いのです」

 

師は財布を忘れたふりをしてツマを見た。

ツマがこれほど激しく動揺している姿を見るのは初めてかもしれない。

 

動揺した夫妻は未来巨匠を連れて、あろうことか蕨駅近くの寿司店に腰を下ろした。

 

「汝、知っておるか。ここの天丼は大変に美味しい」

 

寿司屋に入ったのに、850円のランチ限定天丼の素晴らしさを師は今までの人生をかけて熱心に説いた。

 

未来巨匠は言った。

 

「師よ、わたしは何でも良いのです。ただ、たっぷり食べられれば。それでは天丼をいただきます」 

 

師は天丼を3つ注文し安堵のため息をついた。

 

その時、カウンター席の客にすし職人が説明する大きな声が彼らの席まで聞こえてきた。

 

「今日はサービスデーなんで、握りはなんでも2貫で340円なんですよー!」

 

師は問うた。

 

「汝、いまの話をどう思う?」

 

「師よ、わたしは本当に何でも良いのです。ただ、炙りサーモンは大好きです」

 

「汝、大トロもウニも340円というのに炙りサーモンというのか?西班牙国でなにを勉強してきたのだ?!」

 

ツマが続いた

 

「私はウニが食べたいわ。愛媛のコチもあるわよ」

 

「師よ、わたしは炙りサーモンも好きですが、鹿児島のカンパチにも大変に興味があります」

 

「汝、大トロやウニはいらんと申すのか?」

 

「師よ、わたしは贅沢は申しません。出てきたものは何でも食べます」

 

完全にタガが外れてしまった彼らは財布の中身も忘れ、たっぷりと腹を満たしてしまった。

 

 

師は問うた。

 

「汝、たっぷり食べられたか?」

 

「師よ、おかげさまでたっぷり頂きました。あとはデザートさえいただければ師に対する尊敬の念が尽きることはないでしょう」

 

「こ、この店にはデザートがないが、あん肝でも代わりに食べるか?困ったのう…」

 

「師よ、心配には及びません。近くに喫茶店がございます」

未来巨匠がイチゴの何とかという甘味をゆっくり味わい落ち着いたころに師は問うた。

 

「汝、そういえば今日は何をしにここまで来たのだ?」

 

「師よ、今日は8月18日のくるるホールでのマサウィコンサートの舞台打ち合わせに来ました」

 

「そ、そうであった!汝、今はナンジであるか?」

 

「師よ、わたしはいつでもわたしでございます」

 

「そうではない!いまは何時だと聞いておるのだ!」

 

「師よ、すでに午後3時を回っております」

 

「いかん!早くゆかぬと打ち合わせが出来んぞ!」

 

彼らは急いで打ち合わせに向かった。

 

くるるホールに向かう道すがら、師は未来巨匠に問うた。

 

「汝、コンサート当日の昼食は何が良いか?お弁当か?サンドイッチか?」

 

「師よ、わたしは贅沢は申しません。先ほどの寿司店で結構でございます」

 

その跡を追えばくるるホールにたどり着けるほどの大量の涙が師の頬を流れた・・・。

 

以上です、編集長~!!